レザーを愛用する哲学

動物を愛する心がレザーを愛用する革製品の愛好家としての結び付きがあると、友人たちに説明すると、そもそも、動物を愛するのであれば、アンチレザ-製品ではないのかと反論されてしまいました。レザー製品がどのように先進国の人々の手に極上のブランド品として渡るのかという説には、様々な論争がサイト上などで見受けされますが、実際にその様子を自身の眼で見たとい実体験を基にしている人は、ほとんどいないのではないかと考えています。レザー製品は、食肉を行った副産物であると述べるような人もいれば、副産物として生み出されたものではなく、最初からレザー製品を作る為に、皮を剥がれる動物たちが存在するといったような現実を、強く訴える人々もいます。かつての日本国内では、食肉用の鶏を玄関先で家族が絞めたり、豚や牛の屠殺場が住宅街の外れにあって、住民たちが、自分たちが口にするような食肉がどのようにして手に入っているのかといったような現実社会を目の当たりにしながら、生死の実感をもって人々が生きていた時代とは異なるのです。私達は、世界中のブランド品を買いあさってみたいというような、大きな願望を抱えながら、ブランド品の匠なレザー製品に魅了されていたりもするのです。上質なレザーが、どのようなルートで手に入り、どのような加工が行われているのかといったような、事情を知りながら、ブランド品を買いあさっているような人は、ほとんどいないのではないかと思われます。日本では、多くの海外ブランド製品の多くを、店舗を訪れる事で、簡単に買い求める事が可能でありますが、ユーザーの多くは、レザーの出所を知りません。美しい革財布や、革バッグ、革靴など、皆さんの生活を彩るレザー製品がいったいどこから来るのかといったような疑問を、皆さんは思い抱いたような事はありますか?人間がブランド品欲しさに、地球の動物たちを乱用して良いという許可は誰からも出されていません。私達人間が、レザー製品を愛用する理由について、少し考えてみたくなりました。

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